白内障手術は簡単?知っておきたい2000年の歴史
皆様こんにちは!
現在日本の高齢化に違わず、この鹿行エリアでも高齢化が進んでおり、白内障で相談にいらっしゃる方が非常に多いです。
そんな時、たまに言われるのが「白内障の手術って、今は短時間で終わる簡単な手術なんでしょう?」のセリフ。youtubeやテレビでとある医師(流石に名前は出せません、眼科医界の中では良くも悪くも有名です、、、)が言ってるのを聞いて、そう思ってる方がたまにいらっしゃいます。確かに、現在の白内障手術は日帰りで、片目あたり5分程度で終わることが多く、安全性も高まっています。しかし、この「あっという間に終わる手術」にたどり着くまでには、2000年以上にわたる長い歴史と、数多くの工夫の積み重ねがありました。今回は、白内障手術がどのように進化してきたのかをご紹介したいと思います。
最初は古代インドから始まった白内障手術!
白内障に対する治療の記録は、古代インドの医学書「スシュルタ・サンヒター」にまでさかのぼります。当時の方法は、濁った水晶体を針で突き、眼球の奥(硝子体)の中へ落とし込むというものでした。水晶体を体の外に取り出すのではなく、視線の通り道から押しのけることで、ぼんやりとではあっても見える状態を取り戻す、という発想です。この方法は「墜下法(couching)」と呼ばれ、中国を経て日本にも伝わり(日本への伝来は1300年代頃とされています)、実に1800年頃まで、世界中で広く行われていました。もちろん麻酔も消毒の概念もない時代であり、感染などによって失明してしまうことも少なくなかったと考えられています。
次に、水晶体を「取り出す」という発想へ転換した、ダヴィエルの摘出術。
長く続いた墜下法に対し、大きな転換をもたらしたのが、1745年、フランスの眼科医ジャック・ダヴィエルです。彼は、角膜を切開し、水晶体の濁った部分を眼の外へ「摘出する」という方法を初めて体系的に行いました。水晶体を押しのけるのではなく、取り除くという発想の転換です。当時はまだ麻酔や縫合糸もない時代で、患者さんにとっても施術者にとっても、相当な覚悟が必要な手術だったと想像されます。痛みで動いてる中、押さえ込んでの手術です、、、想像しただけでも壮絶です。
次に人工のレンズを入れるという転換をしたリドレーの眼内レンズ。
その後も手術技術は少しずつ改良されていきますが、次の大きな転換は1949年、イギリスの眼科医ハロルド・リドレーによる、人工の眼内レンズの発明です。それまでは、濁った水晶体を取り除いた後、強い遠視用のメガネで矯正するのが一般的でした。「目の中に人工のレンズを入れて、水晶体の役割を代わりに担わせる」という発想は、当時の医学界では当初懐疑的に受け止められましたが、これが現在の白内障手術の基礎となっていきました。
ついに出てきた、超音波で砕いて吸い取るケルマンと小さな切開への道!
1967年には、アメリカの眼科医チャールズ・ケルマンが、超音波の振動で水晶体を細かく砕きながら吸い取る「水晶体乳化吸引術」を発表しました。この技術により、以前よりもずっと小さな切開で手術ができるようになりました。この技術は、その後1980~90年代にかけて世界中の眼科医の手によってさらに洗練され、1990年代には折りたためる眼内レンズも普及し、より小さな切開から挿入できるようになったことで、現在のような日帰り手術が一般的になっていきました。
「簡単」に見える手術の裏にある積み重ねが。
現在の白内障手術が短時間で、比較的負担が少なく行えるのは、こうした2000年以上にわたる試行錯誤の結果です。見た目には短時間で「簡単」そうに見える手術ですが、実際には、2mm前後のごく小さな切開や、繊細な膜(水晶体の袋)の操作など、精密さが求められる工程の積み重ねでできています。手術を担当する医師も、長年の研修と数多くの手術経験を重ねることで、こうした技術を習得しています。もちろん、現在でもまれに合併症が生じることもゼロではありません。白内障手術は、長い歴史を経て今の形になった治療です。5分程度の手術ではなく、長年の下積みで積み重ねられてきた技術と、今も研鑽を続ける医師の経験があることを、知っていただけたら嬉しく思います。白内障について気になることがあれば、当院までお気軽にご相談ください。
では今日の一枚です

いつも通り見事にだらけてるにゃんこです🎵

